判例:「歯列矯正歯科治療の契約を患者が治療途中で解除。歯科医師の債務不履行は否定するが治療行為の未履行の部分の治療費の返還義務は認めた地裁判決」
事件概要:
患者X(女性)は、平成8年はじめころ、近く結婚することを機に
歯列矯正治療を受けることとし、外科併用の矯正術式を用いることにより
通常よりも短期間で矯正することができる歯科医師として
Y歯科医師を紹介され、同年2月19日、Yの診察を受けた。
Yは、平成8年3月4日、Xに対し、治療計画書を示して、
治療は第一期(外科的な治療を施した後に、矯正を行う治療)と
第二期(治療の際に傷つけた部分の修復作業)に分かれており、
Yはこの治療計画の概要をXに説明した。
さらに、治療機関がXの協力を前提として8ないし10ヶ月程度の短期間で済む予定であること、
費用について、自由診療しか行わず、第一期計画分だけで295万3422円となること等を説明した。
Xは、治療起案が通常よりも短期間となる旨の説明を受けたことから、
Yの下で治療を受けることとし、本件治療契約が締結された。
しかし、Xは、平成9年1月ころからYの治療に対して疑問を抱くようになり、
さらに矯正治療の開始から10ヶ月を経過しても治療が継続されていたことから、
Yにその理由と治療終了までの見通しの説明を求めたが納得のいく説明が得られ
なかった。さらに平成9年5月16日には、Yから第二期計画についての説明を受
け、費用の見積もりが696万9585円となると言われた。
XはYに対して不信感を募らせるようになり、同年7月11日、
Yに対して、本件治療契約を解除するとの意思表示をした。
その後Xは、治療期間の徒過、上顎の前歯部と臼歯部の間の空隙、
左右臼歯部を舌側に傾斜させたことが債務不履行にあたるとして、
Yに対して既に支払った治療費及び慰謝料の損害を求めて、損害賠償請求訴訟を提起した。
(損害賠償請求額)
原告の請求額:471万7895円
(内訳:不明だが,治療費295万3422円+慰謝料他176万4473円と推測)
(判決による請求認容額)
裁判所の認容額:75万3685円。
(内訳:治療費の返金額(2割相当分)59万0685円+諸費用の返金16万3000円)
考察:
裁判所は、Yの治療行為は債務不履行に当たらないと判示している。
矯正治療行為は準委任契約であることから、仕事の完成を目的とする請負契約ではない。
Xが訴える債務不履行について、治療期間が予定より徒過してしまったことはYが怠るような証拠がないため、Y歯科医師が治療期間を10か月以内に終わらせるように努めるものであり、10か月という期間は履行期限ではなく債務不履行に当たらないと判断された。
→契約を解除するまで、治療にかかった期間はおよそ17ヵ月。
予定していた期間を大幅に徒過しているが、裁判所の判断ではXの主張は採用されなかった。
XがYの説明に対して納得していないことから、Y歯科医師の説明不足に対して、説明義務違反が問えないかとも思いましたが、調べてみたら、「もしも、医師に説明義務についての違反があったとしても、治療当時の医療水準に基づいた治療行為がなされた場合には、因果関係が認められること は難しく、患者の自己決定権を行使する機会を奪われたことについての慰謝料が認められる可能性があるに過ぎないものと考えられるようです。
しかし、説明されたならば、患者が当該治療行為を受けなかった可能性が高く、死亡や症状の悪化の結果が生じなかったという立証ができれば、当該損害についての賠償責任が認められる場合も考えられるのです。」とのことで、Yの治療行為が債務不履行になるための決定的な要素がないので、今回の事案では立証は難しそうだと思いました。
矯正治療契約の解除により,未治療部分の治療費の返還が認められるか。準委任契約において、委任が受任者(本件ではY歯科医師)の責めに帰すことができない事由により履行の途中で終了した場合、その場合でも報酬全額を得ることができる旨の特約がない限り、受任者は、履行の割合に応じて報酬を受けることができるにとどまり、既に受領した報酬のうち、履行の割合に応じた報酬を超える分については委任者(本件では患者X)に返還する義務を負うと判示しました。
→このような特約があることが立証されていないので、本件ではY医師に履行の割合分の治療費を認めたようです。
歯列環境を整えるための矯正については、ほぼ履行を終えたが、
矯正の結果を保持するのに必要不可欠な後戻り防止のための処置は終了しておらず、後戻りが生じている点、矯正を要する時期が通常よりも短期であることを前提に通常よりも高い治療費が設定されているにもかかわらず、(患者の協力が十分でなかったにせよ)治療に長期を要した点等を考慮し、Y歯科医師が履行の割合に応じて取得することができる報酬は、本件治療費295万3422円の8割が相当であると判断しました。
→医療現場だと、証拠だったり立証することが難しいと思いました。
説明義務違反の範囲を限定することや、義務違反そのものが具体的な事案に応じて異なるものであるので、慎重な考察が必要です。